2018年ににもなったというのに、まだまだおさまらない「不倫報道」。

ベッキーさんと川谷さんから始まり、政治家の問題とか、小室哲哉さんの問題とかまあよくも出てくると思います。

いいかげん、世の中の大多数の方々も、この不倫報道のバカさ加減に気が付いてきているのではないでしょうか?

 

今回の記事では、「不倫なんて世の中が騒ぐほどのことではない」という主張をもとに、「健康に悪いからそんな話はスルーしよう」という結論を出していきたいと思います。

 

不倫とは?

僕は「不倫」という言葉がキライです。

不倫とは、倫理的でないこと、という意味ですよね?

 

そもそも倫理とは何か?

コトバンクによると次のように書いています。

人として守り行うべき道。善悪・正邪の判断において普遍的な規準となるもの。道徳。モラル。「倫理にもとる行為」「倫理観」「政治倫理」
倫理学」の略。

出典・引用 コトバンク「倫理」https://kotobank.jp/word/倫理-660231

 

「人として守り行うべき道」ってありますが、そもそも誰が規定するのでしょう?

道徳とは誰のためのものなのでしょう?

 

僕の見解では、道徳というのはその地域や時代で異なってくるものだと考えています。

そしてその流れを作るのは、権力者ではないかとも思っています。

権力者というのは、政治家のことじゃないですよ。

政治の世界すら動かしている人たちのことです。

 

このあたりのことは、別サイトの方にお任せするとして、つまり道徳というのは変化するということを言いたいのです。

 

極端な話、「人を殺すこと」は「人としてやっちゃいけないこと」ですよね?

でも戦争時は、それをしなければ自分が殺されてしまいますし、国家はたくさん人を殺した人を褒め称えこそすれ「倫理違反だ」とはいわないでしょう。

 

ましてや結婚している夫婦が、配偶者以外の人と性行為をすることを罪人扱いするなどもっての外ではないでしょうか?

ひと昔前は、殿様と奥方さまの他にもお世継ぎのためとかお遊びのために「側室」なんていうものだってありましたしね。

つまり世の中の模範となるべき殿様が、そんなことをやっていてもよかったんです。

 

なぜ現代社会になってからは、こんなに悪者扱いされなければいけないのでしょうか。

 

なので僕は不倫という言葉がキライなのです。

「倫理的ではないこと」はもっと厳格に扱うべきだからです。

婚外交渉を「フリン」と呼ぶ風潮そのものは、いい加減やめていただきたいと考えています。

 

 

不倫は犯罪か?

そういった前提で、不倫は犯罪かという議論に移りますが、結論からいえば犯罪ではありません。

婚外交渉は、婚姻関係を解消する原因になりえますが、犯罪行為ではないということです。

民法上はよろしくないが、刑法上は問題ないということですね。

 

民法の問題なのだから、当事者間の問題です。

ですので、ベッキーさんや川谷さん、いろんな政治家さん、小室哲哉さん、そのたもろもろの関係者の方々、「だけ」の問題なわけです。

 

週刊誌やテレビで騒ぎ立てる問題ではないと思います。

一部の論調では、政治家に関してはダメだ、という主張もありますが、公人だろうが私人だろうが、まったく他人には関係のないことである、というしかありませんね。

 

政治家の場合、国会の証人喚問でウソをついていることがバレたら、それが問題になるだけです。

ウソをつき通して逃げ切った政治家なんてたくさんおりますので、これが問題になることすらないでしょう。

気に入らなければ、有権者が選挙で他の候補者に票を入れればいいだけの話です。

 

 

「〇〇がかわいそう」という論調について

不倫報道を見ていると、「奥さんがかわいそう」「子供がかわいそう」という論調も目にしますよね。

何かの問題を自分のことに置き換えて考えるのは大切なことだと思います。

「人の心を推し量る」というのは、日本人の素晴らしい心情の在り方だとも思います。

 

だから、不倫された側の気持ちになるのは悪くないんです。

 

でもだからといって、不倫された側の立場に立って、代わりに怒ってあげる必要はありませんよね。

 

あくまでも当事者の問題ですから。

 

もしかしたら、不倫された側は、そのような出来事を通して何かを学んでいるかもしれないんです。

怒りや悲しみという感情を、また別次元で見直してみるいいチャンスかもしれないんです。

 

それなのに部外者が雑音を出し続けていたら、見直す気分にすらなれませんよね。

 

邪魔すべきじゃないんですよ。

誰であっても、その人の内面の整理を邪魔しはいけないんです。

 

 

なぜ健康の害になるのか?

僕の出している結論は、不倫報道は健康を害する、というものです。

 

まず報道する側の問題として、他人の内情を探っていることを続けていると、自分に傷を作っていきます。

それが手っ取り早く世間の注目を集める手段なのかもしれませんが、安易な手法に寄りかかっていると実力がついてきません。

つまり長い目で見たら何の特にもならないんですよね。

さらにいえば、そのような報道をされた側がどうなるかを予想してやっているため、攻撃的な心情になっていきます。

これって戦争中さんざん敵を倒しまくった人たちと同じ心理状態になるんです。

 

どうなるかわかりますか?

 

その世界から抜け出せなくなるんですよ。

 

報道した人たちが、自分の作った闇から抜け出せねくなるんです。

これを不健康と言わず何というのでしょうか?

 

そして、この報道を目にして騒ぎ立てる部外者たち。

彼らも、健康を害する道にまっしぐらです。

 

自分自身に後ろめたいことがまったくないのならもしかしたら乗り切れるかもしれません。

 

しかし「不倫」という言葉はとても重いことは先ほど述べた通りです。

その言葉を使って他人を攻撃していると、自分を同じ矢で刺していることになるんですよね。

 

たとえ気がつかないでも、特に日本語の威力はとても強いので、確実に自分を攻撃していることになります。

 

 

当事者たちは、各個人個人で自分を見つめ直す機会になるかもしれません。

 

しかし部外者は、相手の攻撃をすればするほど、「ゆるせない」といえばいうほど、自分を攻撃していることに早く気がついた方がいいですよ。