HIROです。

先日、地区の検診に行ってきました。こういうところっていうのは、毎回いい思いをしないのですが、本日もあら探しばりに見つけてしまいました。

 

検診の目的

健康診断の目的というのは、病気を早めに見つけることだと思います。

そのために、めったに病院に行っていない人も含めて、地区の住民や職場では検診をしているんですよね。

裏の目的としては、早めに何かの異常を見つけて、または異常になるように仕向けて、できるだけ早く薬漬けにしてしまおう、というものもあるとは聞いていますが、真偽は定かではありません。

マンモグラフィーや子宮がん検診なんかは、そういった話がネットではよく出回っていますよね。

 

まあ、少なくとも表向きは、住民の健康を支えるということです。

そしてもう一つの表の目的があります。
それは研究用のデータを取ることです。

こういうものは、大学病院の協力があることが多く、検診にくるスタッフも大学病院関係や、その派遣先スタッフ、そして医学部学生などです。

 

彼らは臨床活動や勉学という忙しい合間をぬって、検診のお仕事をしているのですね。

 

検診スタッフが見ているもの

そういった忙しい合間をぬって、来ていただいている医師や医学生にとって、僕たち検診を受ける一般市民はどのように見えているのかわかりますか?

 

数字です。

 

ん?

と思いましたか?

彼らにとって僕たちは、ひとりの人間ではなくただの数字にしか見えていないのです。

「〇〇さん、こちらへどうぞ」
という呼びかけはあります。

でも彼らにとって、それは検体の照合でしかありません。間違えないための確認です。
彼らには、「データを持って来た検体」という認識しかないんです。

 

だからそれ(=データ)以外のことは興味がありません。

そうではないという意見もあるでしょう。
「私は違う」という意見もあるでしょう。

 

では、
データを取っている最中、隣の医師と世間話をするのはなぜですか?
データを取り終わったら器具を外す手伝いをする医学生たちが、終わるまで暇そうに話し込んでいるのはなぜですか?

彼らが、検診に来ている人たちの顔を見ないのはなぜですか?

 

EBMとNBMの診察

EBMとNBMというのは、あたらしいAKBグループのことではありません。

エビデンス・ベースド・メディスン(EBM)とナレーティブ・ベースド・メディスン(NBMのことです。

EBMとは、根拠に基づいた医療といわれ、医療は論文データなどの有効性を考慮した根拠をもとに医療を行うべきだ、という考え方です。

そして、NBMとは、その人の語ることをじっくりと聞きながら、人生全体から医療の方向性を見つけていくという考え方で、ある部分、いきすぎたEBM思考を反省する意味もあります。

 

なぜこの話を出したのかと言えば、データを取るだけの検診は、データを見るだけの医療現場と同じことなんだと感じたからです。

いまでも、

これだけNBMがいわれている今でも、忙しすぎる医療の現場ではデータばかりを見て患者を見ない診療が多く行われています。

 

検診も医療も現場も、結局はデータ重視で人を見ない医療をしていると、今後、西洋医療の発展はないのではないかとも思えて来ます。

 

人を見る医療とは

西洋医学でも最近は、人間の全体をみようという、「統合医療」の考え方がでてきています。これは東洋医学では昔から言われていたことですが、どちらにしても時間がかかるんですよね。

 

時間はかかるけども、その人のおおまかな流れがわかるので、よけいな医療は必要なくなるんです。

できれば、このようなデータ重視よりも、代替医療をもっと活用したほうがいいのではないのかな、と思っています。

世界の大富豪がやっているように。