HIROです。

 

本日、12月1日のニュースで、興味深いものがありました。

それは、「1億円のがん治療薬を100歳の患者の1日延命に使うべきか」というダイヤモンド・オンラインによるニュースです。

 

冒頭を引用してみます。

「人命は地球より重い」という言葉がある。人命を救うためなら、いくらでもコストを惜しむべきではない、という意味だとすると、それは危険な概念だ。少数の人を救うために巨額のコストがかかり、多くの人が「人命の重さ」に押しつぶされてしまう可能性があるからである。今回は、大変重い課題であるが、「自助」と「公助」の線引きについて考えてみたい。

出典・引用 ダイヤモンド・オンライン 「1億円のがん治療薬を100歳の患者の1日延命に使うべきか」

 

この記事の内容には基本的に同感です。

 

今回は、この記事内容を踏まえて、元医療現場にいた人間として、国民皆保険制度のあり方について思うところを書いていきます。

 

国民皆保険制度と社会保障費

国民皆保険制度というのは、日本独自の保険システムです。

すべての国民は、「誰でも」「いつでも」「どこでも(日本国内なら)」医療を受けることができるシステムが政府によって運営されています。

 

「保険」という名前の通り、その財源は、私たちが払う「健康保険税」という名で徴収されています。

会社勤めの人は会社が半額受け持ってくれたあと、半額は給料から差し引かれますし、自営業の人は全額地方自治体に払っているアレです。

 

そうやって集められたお金は、健康保険組合のようなところに集められ、足りないお金は、国からお金(つまりは私たちが支払っている税金)をもらって補充し、医療を実施したところ(病院など)に支払われています。

 

最近は、少子高齢化の影響が厳しく、医療費が高騰する割には財源不足ということで、国民健康保険だけでなく、社会保障のシステムそのものが破綻しているのではないかとさえささやかれています。

 

 

保険の枠内で賄われる医療とは

そもそも社会保障が破綻する主な原因は、医療費の高騰です。

そして、医療費のほとんどは、クスリと手術によって持って行かれています。

どのような医療に保険を支払うべきかということは、国がいろんな団体の意見を参考にしながら決めています。

 

財源が限られているので、それぞれの団体は、自分たちがより多く分配されるようにあの手この手を使って国を説得しにかかります。

もちろん、その時には政治家の後押しも必要になるので、その団体からは政治家に立候補する人も出てきます。

 

こうやって、「政治」「官僚」「経済団体」の談合が出来上がってくるのです。

医療の場合では、「政治」「官僚」「医師会薬剤師会(製薬連合)」といったほうがわかりやすいかと思います。

 

 

高度先端医療は本当に人間を幸せにするのか?

冒頭の引用記事では、「1億円のがん治療薬を100歳の患者の1日延命に使うべきか」というテーマで論じらていました。

 

ここでまず思うことは

  • 1億円もかかるクスリをなぜ保険適用にするのか?
  • 「がんが治るクスリ」はそもそもあるのか?
  • 延命治療は医療なのか?

ということです。

 

まず、1億円もするクスリは、そもそも保険適用するのに妥当なのかという疑問があります。

国民皆保険制度というのは、すべての国民が、平等に医療を受けられることを目的としたものなはずです。

その目的を考えれば、このような保険の使い方は妥当とは思えません。

 

さらに、がんが治るクスリは、いまだかつて出ていないという事実があります。

すべては、がん細胞とともに正常な細胞まで弱らせてしまうクスリで、しかも、がん細胞の方が簡単にそのクスリ2耐性を作ってしまいます。

つまり、がん細胞は死なないで、正常細胞だけを殺すクスリを使っているわけです。

 

その挙句、食欲がなくなった人間に、がんの好物であるブドウ糖輸液をされていては、なんのための投薬なのかさっぱりわかりませんよね。

 

 

そして、そもそも、延命治療というものは、医療と言えるのかどうかという疑問です。

僕は病院で働いていた頃、たくさんの寝たきりの人たちを見てきました。

あの人たちは、自分で意志を発することもできず、ただ、点滴とか胃ろう(胃に穴を開けて管を通し、直接栄養を送り込む)をされて、生命活動を維持しているだけでした。

 

体は曲がりくねって、身動きすらできません。

目は開いていても、焦点が合いません。

口は半開きで、歯もなく、話ももちろんできません。

 

ただ、生かされているだけです。

 

それでも、生きているだけでお金になります。

 

病院は、医療費が莫大に入ってきます。

家族には、年金が入ってきます。

高額医療費は戻ってきます。

 

これってただのビジネスなんじゃないの?

 

何度僕は心の中で叫んだことか計り知れません。

 

医療というのは、本来は、人を幸せにするものなんじゃないでしょうか?

 

でも、今の日本の医療現場では、本当に人を幸せにしているのか疑問に思えてくるのです。

 

テレビで人気のスーパードクターが、オペ一発ですべてが丸く収まる、なんていう話は、現実としては考えられません。

 

 

医療ビジネスは隠されている

そもそも、医療はお金がなければ成り立ちません。

多くの医療従事者の働きがあって、今の医療は保たれています。

彼らには、生活がかかっているので、そう簡単に内部告発なんてできやませんし、たとえしたにしても、全ては政治の問題で片付けれれて、闇に葬られます。

 

だからこそ、僕たちは、この現実をしっかりと認識すべきなんです。

医療は仁術ではありません。医療は算術です。

これが現代医療の本質です。

 

それを知った上で、国民皆保険制度を脱却し、自分の健康は自分で守るという方向に向かうべきだと僕は考えています。

 

そのための指針が、「自然治癒力」「食事」「運動」「スピリチュアル」「ビジネス」なんです。

ここで、ビジネスはなんで必要かと思うでしょう。

でも、ビジネスの視点がなければ、そして、健康の情報を手に入れる資金がなければ、自分の本来の道を見つけることは難しいと思います。

 

だからこその、ビジネスなんです。

 

 

まとめ

国民皆保険制度への疑問から、社会保障制度の綻びまでをテーマに解説しました。

 

いまの日本医療システムは、ビジネスを前提に考えないとどんどんいいなりの医療になっていると思います。

自分で判断し、決定できる医療を作っていきたいですよね。